人材業界トレンド 挑戦する派遣・紹介会社たち

AI時代の人材業界のゆくえ。人間が介在する価値はどこにあるのか

村井満氏インタビュー

chatGPTの誕生で、生成AIがますます身近になってきています。これまで時間をかけて解析していたデータ処理などは、AIを通せば一瞬で終わる時代が、もうすでに来ています。人材紹介業においても、最近では求人と求職者のマッチングをAIで実施している企業も出てきました。

便利になったと喜ぶ一方で、自分の仕事はどう変わるのだろうと不安を抱いている方もいらっしゃるのではないでしょうか。そこで今回、日本最大の人材紹介会社であるリクルートエージェントの元代表取締役の村井満氏に、AIが台頭する時代に、人材紹介で人間が介在する価値とは何か?これからの人材紹介会社のあり方はどうあるべきか?などについて伺いました。

人材紹介業界を自らけん引してきた村井氏が語る「AI時代の人材業界のゆくえ。人間が介在する価値はどこにあるのか」と題してお届けします。

人材業界におけるAIの最適な活用法は「個人の本質的なチカラ」の言語化

ー 人材紹介業界でも、AIの活用は注目を集めています。簡単なインタビューや、求職者と求人のマッチングなど、AIで全て完結できそうですが、村井さんはどうお考えですか。

AIが得意とするところはAIに任せ、うまく活用できればいいと思います。AIを活用することで、進化できる部分もあるでしょうし、人間でなければできない部分もあります。

AIが得意としていることは、膨大な過去の転職成功事例データを瞬時に分析し、それに基づいて成功確率の高い求人と求職者のマッチングを導き出すことです。年齢、経験、企業文化などの多様な要素を考慮し、内定獲得や昇給の確率を精緻に算出できるのです。このような数値化と確率論に基づくマッチングは、まさにAIの真骨頂といえるでしょう。純粋に成約率の向上のみを追求するのであれば、このプロセス全体をAIに委ねることさえ可能かもしれません。

しかし、転職は人生の幸福度に大きな影響を与えます。「可能性が低くても、最後のチャンスでこの転職に賭けてみたい」などいった人の想いに深く共感できるのは、人間だけです。AIには死の概念がありませんから、過去のデータからはじき出した最良と思われる結果を突き付けてきます。しかし、人間には老いがあります。限りある時間を生きる人間だからこそ生まれる感情を汲んで、キャリアのアドバイスをすることはAIには難しいでしょうね。

ー AIをどのように活用すればいいと思いますか。

私は、これからの転職には「個人の本質的なチカラ」が重要になってくると考えています。そうしたチカラは、コンピテンシーなどの概念に近い、「その人がこれまでの経験から培った、成功につながる行動特性」です。そうした特性をAIで言語化して、持ち運べるようになればいいですよね。ブロックチェーン技術のように、その人独自の価値を鑑定するようなことをAIが担ってくれたらいいのではないでしょうか。

人は年齢によって評価される資質や、持ち味が変わるものです。ですから、ある一時期だけの姿しか見ていない他人が、個人の能力を判定することは難しいものです。その人が生きてきた軌跡ともいえる膨大な情報をAIが解析し、言語化し、レファレンスとして必要な時に使えるようになればいいと思います。

例えばFacebookやX(旧Twitter)などの投稿や、友人からのメッセージなどを解析することで、その人の行動特性やチャレンジ、評価されてきたことなどがわかります。特に今の子どもたちは、スマホネイティブ世代ですから、日常的に自分自身の足跡をSNSなどのデジタルデータとして残しています。これらを解析することで、自己分析も容易になるでしょう。もちろん、これをどう活用するのかを決めるのは、本人でなくてはなりませんが。

AIの解析データをレファレンスとして参考にしつつ、キャリアアドバイザーが直接話をして、その人のパーソナリティを深く理解することができる点が、AI時代の良いところだと思います。

これからの時代、活躍するキャリアアドバイザーの条件

ー レファレンスチェックは、まだ日本ではメジャーではないですが、今後は必要になってくるということですか。

海外では、ミドルマネジメント層以上の転職ではレファレンスチェックを実施することが一般的になっています。日本ではレファレンスチェックというと「親しい人に頼むことになるため、良いことしか書いてこない」などという理由から、あまりメジャーにはなっていません。しかし、褒めるだけの記述でもいいのです。

レファレンスチェックを行うことは、その人を多角的にみるということです。1つのものをみるときに、まったく違う3つの方向から見ることで、その物体を立体的に把握できます。これと同じで、3人ぐらいの人から評価を受けてみると、その評価ポイントや見どころが全く違うでしょう。どのレファレンスでも褒めているのだけれども、その褒めるポイントに違いがあるはずです。その違いの中身を、本人との面談の場でより具体的に理解していくことで、その人の才能や、最適なパフォーマンスを引き出す条件みたいなものがわかるようになると、転職支援の質がグッと上がると思います。

私は日本でリクルートエージェントの代表を7年間勤めたあと、2011年からRGF(リクルートグローバルファミリー)の社長、会長として、人材紹介事業を中国や香港、インド、そしてASEAN26都市に展開していました。レファレンスの内容を解析するスキルは、人材紹介会社で働く人だけでなく、企業のマネジメント層など、キャリア面談をする機会がある全員に必要なスキルだと、海外の採用事情を見ていて気付いたのです。

ー 複数のレファレンスを解析したうえで面談し、その人独自の行動特性や、良いパフォーマンスの発動条件などを理解したうえで求人紹介ができるキャリアアドバイザーは、活躍するでしょうね。

それができてこそ、AIと共存できるのではないでしょうか。

日本の採用においては、いまだに出身大学や取得している資格、所属している企業名、役職などで人物を判断する場合が多いのが実情です。経歴は、その人に付随するアクセサリーのようなものです。しかし、今後日本の職場もグローバル化が進むでしょう。国や民族、宗教や文化背景が違う中で、日本に偏った経歴という一軸でその人を判断することは、難しくなっています。

特筆する学歴や職歴、資格もないという経歴だけをみると、一般的には書類通過できないと考えてしまいがちです。AIにマッチングさせたら、そのような判断をするでしょう。

しかし、その人が例えば、ワールドカップの日本代表選手だったらどうでしょう。何万といる観客からのブーイングにもへこたれず、自己改善しながらリーダーシップを発揮し、これまでのデータをもとに対戦相手を分析し、戦略を立てられる人であることがわかれば、学歴や職務経歴がなくても、どれだけ高い資質を持つ人材かわかるでしょう。ワールドカップに出場するような選手は、その人間力を深掘りする記事などが出回るかもしれませんが、一般人はそんな記事は出ませんよね。だからこそ、複数のレファレンスを取り、その人のことを表面的なアクセサリーだけでなく、深い人間力を理解することが重要です。今後、より多様化していく世界の中で、人材を発掘していくという観点においても、ここが肝となるでしょう。

変化の時代を生き抜く「人生の伴走者」であれ

ー 人を多面的に見て、本質を理解できるのは、人間だけとのことですが、そのような深い話を、面談でどのように聞き出せばよいのでしょうか。

第一に、その人との関係性を良くすることが重要です。本音を話したら合否や評価などに影響し、不利益がありそうだと判断されたら、その時点で深い話をすることが難しくなってしまいます。ですから、信頼関係や安心感が必要です。

私は面接のとき、日比谷公園や浜離宮などに応募者と一緒に行くことがありました。面接だと思って来た応募者は驚かれたでしょうね。しかし、応接室で向かい合って話すのと、一緒に歩きながら、あるいはベンチに座りながら、横並びで話をするのでは心理的な圧迫が全然違います。そして、見えているものを一緒に議論するのです。「前に座っている人は、仕事の合間での休憩だと思う? それとも会社を抜け出し、さぼっているのかな?」などと。どんなテーマでもいいのです、一つのことを議論する中で、関係性が生まれますよね。応募者の視点や人間性が分かります。

ー 向き合うのではなく、横並び。確かに全然違った会話になりそうです。

「実は」という言葉がキーワードです。「実は」という言葉は「これから本音を話しますよ」というときに無意識に使う接頭語です。「実は」が出たら、その人との関係性ができ、深い話ができると考えていいように思います。リクルートの人事時代の面接では「実は」を言ってもらうことを目標の1つにしていたくらいです。

どうやってこの「実は」を引き出すかと言えば、私の方から「実は」を何度も言うのです。検察の取り調べじゃないのだから、向き合って問い詰めるのではなく、私の方も開示していくことが必須だと考えています。

ー まずはインタビュアーが自己開示をする、と。

そうですね。ただ、頑張って自己開示しようとするのではなく、自然にできている状態が理想なのではないでしょうか。私が、応募者である“あなた”を本当に知りたいと思っているかどうか。「こちらが知りたい情報に対して的確に答えろ」という面接では、表面的な部分しか聞くことはできません。逆に、こちら側が「あなたのことをもっと知りたいです」という姿勢でいれば、自然と自分のことも話すことになり、それが自己開示につながっていくと思います。そのような姿勢が、やはり大事だと思うのです。

ー 最後に、人材業界で働く皆さんに、メッセージをお願いいたします!

リクルート時代から、リクルートエージェント、そしてJリーグ、バドミントン協会と、国内外さまざまな業界と仕事をして、シニアから若手まで、多くの人に会ってきました。そのような中で、自分自身が本当に何をやりたいのかわからないという方は本当に多いと感じています。

「自分は何がやりたいのだろう」と途方に暮れるときに、一緒になって悩んでくれる存在は、本当にありがたいものです。簡単にAIに壁打ちできる時代ですけれど、人生や生き方につながる問題はそうもいきません。生身の人間が一緒に目の前で悩んでくれる、その行為自体が貴重です。

だから、人材業界で働く皆さんには、そのような存在になってほしいと思います。それは、今回の転職という短期的なことではなく、長期的な視点で伴走してくれるキャリアパートナーになれるといいですよね。

人間の体は、体温が上がれば汗をかき、その気化熱が体温を下げてくれる。血糖値が上がればインシュリンが分泌されて血糖値を下げる機能を持っています。変化があったときに、それに反応して、一定のコンディションを保つようにできています。ホメオスタシス(恒常性)と言われるこの役割を、人材業界の人たちは働く方々に対して担えるのではないでしょうか。

壁打ちして、フィードバックをくれる人がいるから、安定していられる。終身雇用の時代が終わった現代だからこそ、一人ひとりに、そんなキャリアパートナーが必要となっていると思います。

ー 人材紹介業界をけん引し続けてきた村井さんだからこその言葉が、胸に刺さりました。ありがとうございました!

プロフィール

村井 満(むらい みつる)

第5代Jリーグチェアマン/日本バドミントン協会会長

1959年埼玉県川越市生まれ。1983年早稲田大学法学部を卒業後、日本リクルートセンター(現リクルートホールディングス)入社。営業部門を経て、同社人事部長、人事担当役員。2004年から2011年まで日本最大の人材紹介会社リクルートエージェント(現リクルート)代表取締役社長、2011年に香港法人(RGF)社長、2013年に同社会長に就任。2014年にサッカー界以外から初の起用となる公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)第5代チェアマンに就任。DAZNと10年間2100億円の配信契約を締結するなど財政基盤の立て直しをはかる。2019年には年間入場者数が過去最多を更新し、クラブとリーグの合計収益も過去最高を記録。2020年からの新型コロナウイルス対策ではNPB(一般社団法人日本野球機構)と連携し、迅速な対応で日本のスポーツ界をリードした。4期8年にわたる任期を終え、現在はJリーグ名誉会員、公益財団法人日本サッカー協会顧問、2023年より公益財団法人日本バドミントン協会会長。JOC理事。

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