日本の労働市場が大きな転換期を迎えています。少子高齢化による生産年齢人口の急激な減少が進む中、人手不足が深刻化しており、採用は困難を極めています。人材派遣業界でも「スタッフ不足」や「採用コストの増大による利益圧縮」などの人手不足に起因する課題が深刻化している現状があります。
しかし、このような時代“だからこそ”「人材派遣業界には成長の機会が訪れている」と雇用ジャーナリストの海老原嗣生氏は話します。リクルートワークス研究所発行の人事専門誌『works』・リクルートエージェント発行の人事経営誌『Hrmics』両誌の元編集長であり、経済と採用のプロである海老原氏に、これからの派遣会社の勝ち筋について聞きました。
深刻化する労働力不足で変化する業界とは
ーー「雇用ジャーナリスト」として、海老原さんは現在の日本の雇用・労働環境をどのようにみていらっしゃいますか。
事実として、今後10年で最も変化があることは、労働人口の減少です。団塊世代と呼ばれる全人口における割合が高い世代が今後10年の間に後期高齢者(75歳以上)となり、労働市場から一気に退出します。これにより、労働人口が急激に減少してしまいます。労働人口の急激な減少と、それに伴う人手不足。これが今後10年において大きな課題となることは確かです。
ーーすでに「人手不足に起因する倒産」が2024年に過去最多になり、人手不足が大きな課題になっていますが、それがもっと深刻になると。
そうですね。ただし、全体的にすべての職種で劇的に人手不足になるわけではありません。営業や企画、管理部門などの正社員、俗にいうホワイトカラーに関しては、少子化とは全く関係なく、就労希望者は増え続けています。一方で、建設・製造・販売・飲食などの非ホワイトカラー分野では、劇的といえるほどに人材の枯渇感が高まっています。
この理由は3つあると考えています。1つ目の理由は、新規学卒就労者の高学歴化です。文部科学省の学校基本調査で見れば、男女とも高卒者の大学進学率は5割を超えています。
過去を振り返れば、大学進学率は男性で4割、女性は1割程度でした。そのため、大学新卒者の人数は、1990年と比べると現在では6割も増えています。少子化でもホワイトカラー予備軍は全く減っていない。それどころか、激増しているのです。
一方で、大学進学率の上昇により、中卒や高卒に社会に出る人たちは1990年と比べて1/6程度に激減しています。彼らの多くは農林水産業や製造・建設業、そして販売・サービス業に就いていました。だから、この領域で危機的な人材不足が起きている。
労働力不足だからこそ、エッセンシャルワーカーの立場が大きく変わる
ーーあと2つの理由はなんでしょう。
正社員就職した女性が結婚や出産で仕事を辞めなくなったことが上げられます。
2010年あたりまでは、女性は結婚や出産などのタイミングで仕事を辞める人がマジョリティとなっていました。一旦仕事を辞めた女性たちは、子育てがひと段落したころに社会復帰を望みますが、年齢が40代前後であるうえに、就労ブランクが5年以上というハンデがあるため、なかなか正社員としての仕事が見つからなかった。結果として、パートやバイトで、販売や飲食などのサービス業に就く人が多くなっていました。それが昨今では、企業も戦力化した女性正社員を易々と辞めさせたりしなくなり、育休や短時間勤務などの制度を設け、継職を促す機運が高まりました。こうした変化により、ホワイトカラーの仕事を続ける女性が増えて来たのです。これ自体は非常にいいことですが、販売・サービス業で働くパート女性の減少が起きています。
こうした販売・サービス職では、高齢者のパート労働も盛んだったのですが、それが最近では担い手不足になりだしています。これが3つ目の理由です。高齢者の数は増加しているのですが、その内訳を見ると、75歳以上の後期高齢者ばかりが増えていて、65~74歳の前期高齢者は激減しているのです。パート労働の担い手はほとんどが前期高齢者のため、ここでも、人材枯渇感が高まっています。
販売・サービス分野での担い手不足は、私たちの生活に大きく影響してきます。これまで、パート・バイトの賃金は正社員に比べて圧倒的に低かったのですが、これからは変わってくると思いますよ。
ーー確かに、都市部のパート・アルバイトの募集の条件を見ると、1500円などと以前では考えられない時給になっているように感じます。
それでも、人が取れない時代です。先ほど説明した3つの理由で、担い手が少なくなっているのだから、当たり前の話ですよね。
数年前までは近所の家にパート・アルバイト募集のチラシをポスティングしたり、店舗に貼ったりしておけば人が集まったけれど、それはもう遠い昔の感があります。現在はパートやアルバイトの募集のための広告費や、高い時給の確保など、どのような職種であっても採用には相当な費用が掛かる時代となっています。今後はそれがますます加速するでしょう。
労働力不足だからこそ派遣会社はチャンス!
ーー人材派遣企業の皆様からも、「登録者数の減少」など、集客に対する課題を抱えている企業が多いように思います。人材派遣業も、人手不足の影響で、今後苦しい時期が続くとお考えですか?
逆だと思っています。人材派遣業界は、これから大きなチャンスが訪れると考えています。現在の派遣企業の多くは事務職や製造業へのスタッフ派遣がメインとなっています。一方で、販売や飲食などのサービス業への派遣は浸透していません。ここに大きなチャンスがあると思うのです。
ーーなぜ、これまで販売やサービス業への派遣は広がらなかったのでしょうか?
海老原:それは、必要なかったからです。先ほど説明した通り、数年前までは、企業がチラシを出せばパートやアルバイトで人が採用できる時代でしたから。
リクルートはフロムエーキャスティングというサービス名でした。パソナなど大手他社も挑戦しましたが、なかなか上手くいきませんでした。必要のない時代に挑戦してしまったからです。
しかし、現在は状況が変わっています。もはやチラシを出しても人は集まりません。そうなると、企業は派遣に頼らざるを得なくなります。
ーー派遣会社にも、人が集まらないのでは?
そんなことないですよ。理由は2つあります。1つ目は、先ほど説明した通り、販売・サービス分野は直近まで派遣は浸透していません。未開拓だから登録者確保の余地もあります。
2つ目の理由は、求職者にとって、派遣で働くメリットが大きくなったという点が挙げられます。人材不足の領域では働き手は有利になり「好条件を選べる」ようになります。以前のように複数の会社に応募するのではなく、1つの派遣会社に登録して、自分の希望する条件を明確に伝え、それに合った仕事を探すというように、求職時の行動が変わっていくでしょう。
ーー直接雇用のパート・アルバイトの方々にとって、派遣会社に登録して仕事したほうがメリットは大きくなるということですね。
もちろんです。勤務地・勤務時間・勤務サイクル、業種、規模、給与条件。こうしたことで希望を多々挙げて、それを探してもらえるという派遣サービスは、チラシ一枚に直接応募するよりもよほど、快適でしょう。
それに、直接雇用のパートやアルバイトでは、労働者保護が甘いケースも少なくありません。就業規則が整っていない、残業代の支払いが適切でないなど、中小企業や零細企業に多い課題です。
しかし、派遣会社を利用すれば、「うちのスタッフにサービス残業は許しませんよ」「有給休暇はきちんと取得させてください」といった形で、派遣会社が労働者の権利を守る役割を果たします。派遣スタッフの苦情や要望なども、間に入って企業にうまく伝えられるでしょう。
企業側からすると、派遣は「面倒くさくて高い」と感じるかもしれません。でも、もう自力では人を雇えない。だから派遣に頼らざるを得なくなるんです。
販売やサービス業で働くエッセンシャルワーカーの地位向上と派遣会社の役割
ーー派遣会社はまず、どのような対応をすべきでしょうか?
この大きなチャンスを活かすためには、まず営業活動を変える必要があります。今はほとんどの派遣会社が、事務や製造業の求人しか取りに行っていません。ここを変えていく必要があります。販売や飲食などのサービス業の企業へも売り込むべきです。
その他、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)への投資も検討したほうが良いでしょう。たとえば、コールセンター業のRPA化を進めた場合、入社して1週間の研修を受ければ、プロ並みのコールセンター業務ができるようになってきています。以前は長時間の訓練が必要だったことが、RPA化を進めることで、短期間でプロになれるわけです。
このスキームはコールセンターだけでなく、農業や生花店、飲食店など、あらゆる分野で活用できます。たとえば農業では、「熟れ方を見て、最適な果実を収穫する」といった熟練のワザさえも、RPAが搭載されたタブレット端末をかざすだけで、内臓カメラの映像から判断して、「これを採るべき」と、未経験者でも作業ができるようになります。これまで難しくて時間がかかっていた仕事が簡単にできるようになり、業務効率が上がるので、時給も上げられるし、より多くの人が派遣できるようになるでしょう。
このように、RPAは単なる業務効率化のツールではありません。未経験者でも早期に戦力化できる手段であり、それによって給与水準の向上も実現できる。人手不足時代の重要な解決策となるはずです。
RPA開発費を派遣企業だけで負担することが難しい場合、クライアント企業と組んで一緒にやるのも手です。企業側も「早めに採用した人を戦力化し、人手不足を補いたい」と思っているはずですから、交渉次第でいい話になると思います。
ーー時給を上げることができれば、派遣企業の利益率も上がりますよね。
まあ、劇的に上がるということはないでしょうね(笑)。現在の一般的な派遣会社の最終利益率は約2%程度と低い水準です。今後もこれに毛が生えた程度でしょう。しかし、この低利益率でもやっていける仕組みを作っているからこそ、新しい市場に進出できるのです。同じ人材ビジネスでも、転職支援の人材紹介会社は、こんな低利益率で経営を成り立たせることができません。だからこそ、派遣企業に分がある。利益率を上げるのではなく、領域を広げる。販売サービスという、やったことのなかった領域まで広げる方向に進んでいくべきです。
ーー人材不足の中、派遣会社の役割がこれまで以上に重要になってくると感じました。
海老原:そうですね。実は、ヨーロッパの労働市場が参考になります。ヨーロッパには職業別労働組合という仕組みがあります。企業別ではなく、その職業の人全員が入っている労働組合です。この労働組合が全経営者に向かって、賃金交渉などを行うんです。
日本の派遣会社も、似たような役割を担うようになっていったら良いでしょう。派遣会社が連帯して労働者を取り込み、「直接雇用では人が来ない」という状況を作り出す。そうすると派遣会社の言い値で時給が上がっていくしかなくなる。
これは社会全体にとってもいい変化です。なぜなら、日本は先進国の中でエッセンシャルワーカーの賃金が特に低い国だからです。このままでは社会が成り立ちません。賃金が上がることで、エッセンシャルワーカーの社会的地位も向上していく。それを派遣会社が後押しできるんです。派遣会社の未来は明るい。僕はそう思います。
人材不足の中で、海老原さんは「派遣業界の未来は明るい」と繰り返しおっしゃっていました。これまで、生活必須職であるにもかかわらず、給与の面で割を食っていたエッセンシャルワーカーの方々の条件面の正常化と地位向上の一翼を派遣会社が担っている。未来の派遣会社の在り方と存在意義を改めて感じるインタビューでした。
海老原さんには、もう一つの人材ビジネスの柱である「人材紹介業界」について、その現状と課題、そして今後の展望を海老原さんに伺っています。AIやテクノロジーの進化により、転職支援が自動化される可能性や、これからの人材紹介会社の勝ち筋とは? 併せてチェックしてみてくださいね。
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プロフィール
海老原 嗣生 氏
雇用ジャーナリスト
1964年、東京生まれ。雇用ジャーナリスト。大手メーカーを経て、リクルート人材センター(現リクルート)入社。新規事業の企画・推進、人事制度設計等に携わる。その後、リクルートワークス研究所にて雑誌Works編集長。2008年にHRコンサルティング会社ニッチモを立ち上げ、人事・経営誌HRmics編集長就任。著作は雇用・マネジメント・人事・社会保障・教育などをテーマに多数。