近年、人材紹介事業を立ち上げる事業者数が増えており、人材紹介事業の未経験者が企業するケースも増加しております。事業未経験者の場合、業務で使用する帳票や契約書について多くのひな型を目にすることも多いと思いますが、どのように選ぶべきか悩まれている方も多いのではないでしょうか。
この記事では、これから人材紹介事業を開始する方へ向けて、人材紹介基本契約書の具体的な必要事項や注意すべきポイントを詳しく解説します。
人材紹介(有料職業紹介)とは
まず初めに、混同されやすい人材紹介(有料職業紹介)と、人材派遣の違いについて解説いたします。
人材紹介事業とは
人材紹介事業とは、コンサルタントが求人企業と候補者の間に入り、直接雇用を支援するサービスです。
具体的には、企業が求める人材と、その条件に適した候補者をマッチングするサービスを提供する事業のことを指します。
2022年の市場規模は3,510億円であり、前年比18.6%増加しました。(※1)特に、IT人材やDX人材の需要が高まるなか、その重要性が増しています。
事業開始には認可を得る必要がありますが、少額の金額で参入できるため、紹介会社の立ち上げが増えています。この動向により、市場規模の拡大と利用者の増加傾向が見られます。
※1 参考:株式会社矢野経済研究所「人材ビジネス市場に関する調査を実施(2023年)」
企業から依頼を受けた人材紹介会社は、自社に登録済みの候補者や新たに求人に対しての募集を行い、母集団形成を行います。選考は求人企業側が実施し、書類選考・面接を経て、企業と候補者の間で直接契約を結びます。
候補者が正式に雇用された場合に、企業から人材紹介会社に報酬が支払われる、成果報酬の仕組みとなっています。
人材紹介と人材派遣の違い
人材紹介が直接雇用の採用支援であることに対し、人材派遣は企業の依頼業務にマッチした人材を提供するサービスです。自社の社員や登録者の中から、派遣先の業務内容に適した人材を選び、派遣先の企業へ派遣します。派遣スタッフは、派遣会社との雇用関係にありながら、派遣先の企業の指揮のもとで働きます。また、人材派遣における選考については、派遣先企業が行うことはありません。
その他、人材派遣事業では「派遣スタッフが社会保険に加入する場合は派遣会社の社員として加入する」「派遣スタッフのスキルアップのための研修を実施する」など、就業に関連する幅広いサポートを派遣会社は行っています。
人材紹介基本契約書のテンプレート
人材紹介事業を行う際には、人材紹介基本契約書の作成が欠かせません。契約情報を漏れなく明記するために、人材紹介基本契約書のテンプレートの活用をおすすめします。
「DiSPA!」のウェブサイトでは、専門的な人材紹介基本契約書のテンプレートを提供しています。また、人材紹介会社向けに様々な書類のテンプレートも提供していますので、必要に応じてご利用ください。
人材紹介契約書の記載事項
前述した通り、人材紹介契約書は業務運用中欠かせないものであり、その記載事項には注意が必要です。契約書には職業安定法に基づく義務的な事項と、それ以外の必要な事項が含まれます。
職業安定法上記載が必要な事項
職業安定法では、人材紹介会社が求人者である企業に対して、特定の事項を明確に記載することが要求されます(職業安定法32条の13、同法施行規則24条の5第1項)。したがって、契約書には以下の事項を含める必要があります。
- 紹介手数料の算出方法および発生条件に関する事項
人材紹介業務において、手数料の規定は重要です。通常、ほとんどの人材紹介会社では理論年収の30〜35%が手数料として設定されています。
(※理論年収とは、新年度から年度末までに勤務した場合に想定される年収であり、求人票における想定年収や賞与の合計額として算出されます。例えば、理論年収600万円の場合、手数料は180〜210万円になります。)
この手数料率は、紹介する人材のスキルや専門性が高くなるほど高くなる傾向がありますが、上限は一般的に50%です。
また、手数料の支払いタイミングは入社日であり、発生タイミングは採用決定時となるケースが一般的です。一方、手数料額に関しては、厚生労働大臣に届け出た金額の範囲内で設定する必要があります。実際の手数料額は、理論年収の35%程度が標準的です。紹介後、一度の採用が破談になった場合でも、同じ企業に別のルートから採用された場合には手数料が発生することがあります。これを「オーナーシップ」と呼び、有効期間は通常紹介後1年間程度で定めるケースが多くなっています。
- 求人者の情報および求職者の個人情報の取り扱いに関する事項
人材紹介会社は、求人者や求職者の個人情報を保有・管理する責任があります。そのため、個人情報の漏洩を防止し、厳格な管理を行うことが求められます。このような管理規定は、職業安定法においても厳格に規制されており、遵守が必要です。
- 返戻金制度に関する事項
人材紹介会社が提供するサービスの一環として、紹介した人材が早期に退職した場合に返金される手数料に関する規定があります。通常、退職までの期間が長いほど返金率が低くなるように設定され、保証期間は一般的に3か月程度です。また、返金による補償ではなく、代わりの人材を手数料なしで紹介するフリーリプレイスメントを提供する場合もあります。人材紹介基本契約書には、このような退職に関する返金規定を定めることが一般的であり、報酬の支払いに伴う経済的リスクを軽減するために重要です。
その他人材紹介契約書に規定すべき事項
- 業務委託(人材紹介業務)の内容
契約書では、委託する業務内容を明確に記載する必要があります。求人を希望する企業が人材紹介会社に対して、人材紹介業務を委託することを契約書に規定します。具体的な採用条件は通常、個別の求人依頼時に指定されるため、「別途指定する採用条件を満たす人材」などと抽象的に規定されます。
- 直接取引の禁止
人材紹介会社は、企業が自社を経由せずに求職者を採用し、手数料を支払わないようにするために、企業が人材紹介を受けた求職者に直接連絡することを禁止する規定を設けることが一般的です。通常、この規定は1年程度の直接取引禁止期間を含みます。契約書には直接取引を禁止する規定が含まれるべきであり、違反した場合には手数料相当額の請求が行われることがあります。
- 損害賠償
求職者が求人企業に入社後に発生した損害に関しては、人材紹介会社は責任を負わない旨を明記することが一般的です。これにより、人材紹介会社が求職者の入社前の仲介に責任を負うことが明確になり、不必要なトラブルを回避できます。
損害賠償の範囲を定める方法として、いくつかのパターンが考えられます。
民法の原則に従う場合、「相当な因果関係の範囲内で損害を賠償する」といった内容を定めることができます。また、民法の原則よりも賠償範囲を広げる場合や狭める場合もあります。例えば、「一切の損害を賠償する」というように範囲を広げることもできますし、「直接発生した損害に限り賠償する」といったよりに範囲を狭めることも可能です。さらに、「損害賠償の上限額を定める」という方法もあります。
- 秘密保持
人材紹介業務を通じて、人材紹介会社と求人企業は、営業秘密に関わる情報を共有することがあります。そのため、秘密保持に関するルールを明確に定めておくことが重要です。
契約中には、以下の事項を具体的に定めておく必要があります。
- 秘密情報の定義
- 採算者への秘密情報の開示・漏洩の禁止
- 第三者への開示を例学的に認める場合の要件
- 秘密情報の目的外利用の禁止
- 契約終了時の秘密情報の処理(破棄・返還など)
- 秘密情報の漏洩などが発生した際の対応方法
守秘義務があることおよび守秘義務の範囲額となる情報についても明記しておくようにしましょう。これにより、双方が秘密情報を適切に取り扱い、業務上の信頼関係を構築することができます。
- 反社会的勢力の排除
契約書において、双方の当事者が反社会的勢力に関わらないことを確認する条項が一般的です。これには、以下の内容が含まれます。
- 各当事者が暴力団員などの反社会的勢力に該当しないことを表明・保証すること。
- 反社会的な言動や行動を行わないことを表明・保証すること。
- 相手方が反社会条項に違反した場合、直ちに契約を無催告解除できる旨を定めること。
- 反社会条項違反を理由に契約を解除された当事者が、相手方に対して損害賠償を請求できないことを規定すること。
- 反社会条項違反を理由に契約を解除した当事者が、相手方に対して損害金額の賠償を請求できることを規定すること。
企業が反社会的勢力による被害を防止するための対策として、契約書に反社会的勢力の排除を表明し、保証条項として設けるケースが増えています。これにより、双方の企業がコンプライアンスを重視し、社会的な要求にこたえる姿勢を示すことができます。
- 準拠法・合意管轄
人材紹介契約では、訴訟問題に備えて裁判所の管轄を定めておきましょう。通常、人材紹介会社の所在地や中間地点の裁判所が指定されます。これにより、訴訟手続きが円滑に行えます。また、海外法人が関与する場合には、準拠法を明確に定めることも重要です。最終的な紛争解決を効率的に進めるために、専属的な合意管轄裁判所を契約書に明記しておくことも推奨されます。
人材紹介会社が守るべき職業安定法上の注意点
以下では、職業安定法で規定されている主なルールを説明します。
- 有料職業紹介事業の許可を厚生労働省から得る必要がある
有料職業紹介事業を行う場合、厚生労働大臣の許可を受ける必要があります。(職業安定法30条1項)。許可を受けるためには、厚生労働省が定める基準を満たし、申請を行う必要があります。許可の要件や詳細については、厚生労働省のウェブサイトで確認できます。
無許可で有料職業紹介事業を行った場合、1年以下の懲役または100万円以下の罰金が科されます(職業安定法64条1号)。
- 名義貸しは禁止されている
有料職業紹介事業者は、他人に自社の名前を貸して有料の職業紹介事業を行うことを禁止されています(職業安定法32条の10)。有料職業紹介事業の許可は、各事業者ごとに審査され、判断されます。そのため、他の事業者に名義貸しをすることは法律で禁止されています。
有料職業紹介事業者が名義貸しを行った場合、1年以下の懲役または100万円以下の罰金が科されます(職業安定法64条3号)。
- 手数料・紹介料に関する規制を守る
有料職業紹介事業者が手数料を受け取る際には、厚生労働大臣への事前届出が必要です(職業安定法32条の3)。手数料が6ヶ月間の賃金総額の11%(税込)を超える場合は、この届出が必要となります。また、求職者からの手数料徴収は原則禁止されており、例外を除いて企業からの手数料受領が認められています。
手数料に関する規制に違反した場合、懲役または罰金が科されます(職業安定法65条の2号)。このような規制により、契約書で定められた手数料を事前に厚生労働大臣に届け出る必要があります。
- 紹介が禁止されている職種の紹介はできない
有料職業紹介事業では、港湾運送業務と建設業務に関する職種の紹介は禁止されています(職業安定法32条の11第1項)。また、厚生労働大臣に届け出た取り扱い職種の範囲外での紹介も禁止されています(同法32条の12第1項)。
これらの規制に違反した場合、懲役または罰金が科されます(職業安定法64条1号、4号)。人材紹介会社はすべての職種について紹介を行うことはできず、厚生労働大臣の許可を受ける必要があります(同法30条1項)。
- 「就職お祝い金」の支払は禁止されている
「就職お祝い金」とは、求職者が転職を決めた際に、人材紹介会社が支払う金銭です。ただし、2021年4月1日以降、職業安定法の改正により、人材紹介会社による就職お祝い金の支給は禁止されました。
厚生労働省は、「『就職お祝い金』などの名目で求職者に金銭等を提供して求職の申し込みの勧奨を行うことを禁止しました」と述べています。
この指針に違反した事業者は、厚生労働大臣の指導や助言を受ける可能性がありますが、具体的な罰則は設けられていません。
- 職業紹介責任者を設置しなければならない
有料職業紹介事業者は、事業の統括管理や従業員教育を行うため、許可基準に適合する能力を持つ「職業紹介責任者」を必ず配置しなければなりません(職業安定法32条の14)。
職業紹介責任者は、厚生労働大臣が指定する機関が実施する講習を、5年ごとに受講する必要があります(職業安定法実施規則24条の6第2項1号)。
違反した場合、「30万円以下の罰金」が科されます(職業安定法66条5号)。
人材紹介契約を結ぶ際の注意点
近年、業務の効率化を図る観点から、紙による契約書の代わりに電子契約を活用するケースが増えています。人材紹介契約も例外ではありません。電子文書に電子署名を行うことで、契約を締結することが可能です。この際には、契約書に「本契約の成立を証するため、本書の電磁的記録を作成し、甲および乙が合意の後、電子著名を施し、各自その電磁的記録を保管する。」などといった条項を明記することが重要です。
また、収入印紙の貼付は人材紹介契約書においては不要です。この契約書は請負に関するものではなく、あくまでサービス提供に関する契約です。従って、収入印紙の必要はありません。
本記事で紹介したテンプレート以外にも様々なひな形が見つかると思いますが、ひな形の利用に際しては、事前に顧問弁護士にリーガルチェックを依頼することが重要です。ひな形に記載された内容が法令違反になる可能性もあるため、慎重な判断が必要です。また、法改正などにより使用できなくなる可能性もあるため、常に最新の情報を確認することも大切です。
まとめ
この記事では、人材紹介事業に不可欠な人材紹介契約書について詳しく解説してきました。人材紹介は職業安定法の規制を受けるため、法律で定められた事項に従った契約書を用意することが不可欠です。人材紹介契約書は人材紹介会社だけでなく、求人企業や求職者の権利を保護するためにも不可欠です。様々なトラブルを未然に防ぐためにも、契約書には十分な配慮が必要です。
人材紹介契約書の作成を考えている方は、ぜひ以下のテンプレートをご活用ください。
「人材紹介基本契約書テンプレート」
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