日本企業にとって「人手不足」は避けられない現実となっています。2024年度上半期の「人手不足倒産」は163件に達し、記録的なペースで増加しています。この数字が示すのは、従業員の退職や採用難、人件費高騰が企業経営に深刻なダメージを与えているという厳しい現実です。
このような状況下において、企業が生き残るために最も大切なことは「現社員の離職防止」だと日本経営心理士協会代表理事の藤田耕司さんは指摘します。『離職防止の教科書 -いま部下が辞めたらヤバいかもと一度でも思ったら読む人手不足対策の決定版』の著者である藤田さんに、人手不足の現状と離職防止のために明日から取り組むべきことについて伺いました。
深刻化する人手不足の実態
ー 2024年度上期に人手不足が原因で倒産した企業は163社(帝国データバンク調べ)と、過去最多を記録しました。藤田先生が普段コンサルとしてアドバイスをしている企業でも、人手不足は深刻だと感じますか。
喫緊の課題と言っても差し支えないくらい、人手不足が足元を揺るがせている印象です。「人がいれば、もっと売り上げがあがるのに」などと言っている企業は、まだマシなほうで、人がいなくて現場が回らず、店舗閉鎖に追い込まれるケースや営業時間の短縮を余儀なくされているケースも増えています。週7日営業していた飲食店が店頭に『人手不足のため水曜日と金曜日は休業いたします』という張り紙を貼っているのを見て、唖然としたこともあります。それくらい状況は深刻化しています。
ー 人手不足で、採用コストが急激に上がっていると聞きます。
人口減少で労働者の数自体が少なくなっている中、企業が人材獲得合戦を繰り広げています。新卒の初任給は右肩上がりですが、これは需要と供給のバランスから考えれば当然の結果です。
ただし、高い賃金を提示して人材を確保する戦略には限界があります。もうすでに、高い給与を提示しても人が採用できないということが起こっているのです。しかも、資金力の面から考えても、中小企業が大手と肩を並べて採用合戦を繰り広げるのは、もはや現実的ではありません。
また、これが地方となると、人手不足はさらに厳しい状態です。
採用よりも離職防止が重要な時代へ
ー 人手が足りない。しかし、採用できない。どうすればよいのでしょうか。
人手が足りないとなると、どうやって採用するかを考えてしまいがちですが、今いる社員が辞めないようにする。これが人手不足時代を生き抜くための最重要課題です。
「穴の開いたバケツ」に水を貯めるには、まず開いた穴をふさぐことです。同様に、離職者が多い会社では採用に力を入れて多くの人を採用しても、その分離職者も増えるため、人手不足は解決しません。その結果、採用コストが垂れ流しの状態になってしまうのです。
しかし、「開いた穴のふさぎ方が分からない」と、離職が止まらない状況に頭を抱える会社がかなり多いと感じ、今回『離職防止の教科書: いま部下が辞めたらヤバいかも…と一度でも思ったら読む 人手不足対策の決定版』を書きました。
現場管理職の意識改革が離職防止の鍵
ー 離職を防ぐことの重要性が社内で浸透していない理由はなんだとお考えですか。
藤田:経営者や人事部門は人材確保の困難さや離職防止の重要性を理解していても、現場の管理職レベルではまだその認識が追いついていないケースが多々あります。
ひと昔前までは「ついてこれない人間は辞めればいい。それでまた新たに採ればいいんだ。それでついてこれる人間だけでやっていけばいいんだ」という発想が根強かった。その時代の名残が現場の管理職レベルではいまだにあります。
しかし、今は辞めたらもう採れない。だからこそ今いるメンバーを定着させることが企業存続の生命線となっている。このことを全社員が理解しておく必要があります。
ー 全社員が理解するために、何から始めればいいでしょう。
藤田:現場からすると「人が足りない」のは人事部門の責任だと考えがちです。「これだけ人員要請を出しているのに、人事部はなぜ採用しないのか」と。しかし、採用は大変困難な時代です。このことは、人事部や経営者が何度も伝える必要があるでしょう。現状から考えると人手不足の問題は採用ではなく、離職防止で解消していかなければならないということを認識してもらい、なぜ辞めていく人がいるのかを現場が本気で考えることが必須です。
退職する社員は本当の退職理由を語らないことが多い。例えば、本当の理由は「上司のきつさに耐えられないから」であったとしても、「他の業界で挑戦したい」「キャリアアップしたい」「家族の都合で」など、当たり障りのない理由を言って辞めていくことが多いんです。なぜなら、上司が原因で辞めますと言うと角が立つので、波風を立てるのが面倒だから本音を言わない。だから管理職は自分のマネジメントに問題があるとは気づかないのです。
コミュニケーションが離職率に与える影響
ー 藤田先生の書籍でも、現場でのコミュニケーションの重要性が何度も説かれていますね。
藤田:離職防止の要となるのは、良好なコミュニケーションです。今、管理職に特に求められているのは「聴く力」です。多くの人はコミュニケーションというと「話すこと」に重点を置きがちですが、実は「聴くこと」がコミュニケーションの基本です。
ー 具体的に、どのようなことを注意すればよいのでしょう。
藤田:まず相手の話をさえぎらないことです。イメージしてみてください。自分の話をいつもさえぎって話してくる相手に悩みや本音を打ち明けようと思いますか。「この人は自分の気持ちを分かってくれない」と思って、悩みを打ち明けようとしないでしょう。ですので、部下の話をさえぎって話す上司は部下の悩みを把握するのが難しいのです。
離職を防ぐには部下の悩みを把握し、いち早く解消することが求められます。しかし、こういう上司は部下の悩みが把握できないので、離職率も高くなる傾向にあります。
ー では、部下の話をさえぎる上司は効果的な1on1ができなさそうですね。
おっしゃる通りですね。1on1は部下の悩みや本音を把握することを主な目的として実施されますが、いつも部下の話をさえぎって話す上司には部下は悩みや本音を言おうとしないので、効果的な1on1を行うことは難しいです。
パーソル総合研究所の「職場での対話に関する定量調査」によると、面談の際に上司にどれだけ本音を話せているかについて、41.6%の人が「全く本音で話していない」と回答しています。
そうならないように、部下が何か話してきたときは、まず最後まで聴く。その上で「なるほど、そういうことがあったんですね」といった形で、相手の感情に寄り添った反応をし、正すべき点があれば正すという対応をすることです。
このような丁寧な「聴く姿勢」を日常的に示していくと、部下は「この人は自分の気持ちを分かってくれる」という印象を持つようになります。すると、些細な悩みでも相談してくれるようになり、離職する前に対処できるようになるのです。
ー 管理職の方々からは「忙しくて、そこまで丁寧なコミュニケーションを取る時間がない」という声も聞かれそうです。
藤田:こういったコミュニケーションをとるために特別な時間を設ける必要はありません。日常的な短い会話の中でも丁寧に聞く姿勢を見せることが重要です。これらをするのに、多くの時間は必要ありません。
また、積極的に挨拶をする、困ってそうな部下に「分からないところはない? 大丈夫?」と声をかけるなど、小さなコミュニケーションの積み重ねが大きな効果を生みます。
ー コミュニケーション方法を急に変えることはできるものでしょうか。
藤田:そのコミュニケーションをとるかとらないかで、離職率が大きく変わることを意識して、コミュニケーションを変える必要性を感じていただければ、コミュニケーションを変えることは可能です。
相手の発言を受け止めることで、上司と部下の間に「絆」が生まれていきます。この「絆」こそが、最も強力な離職防止策となるのです。
経営者が取り組むべき離職防止に向けた具体策
ー 最後に、経営者の皆さんに一言お願いいたします。
藤田:人口予測から考えても、人手不足は今後ますます大きな課題となるでしょう。すでに十分ご理解されていると思いますが、一時的な問題ではないということです。
少なくともこれからの10年は、人材の確保が企業経営における最重要課題の一つであり続けるでしょう。AIやロボティクスの進化で一部の業務は自動化されるかもしれませんが、それだけでは解決できない問題です。
だからこそ、多様な人材の活用を真剣に考える必要があります。女性活用、シニア人材の登用、外国人材の受け入れなど、多くの可能性を考えていくべきです。人手不足の時代、それぞれの人材が持つ強みを活かし、弱みをカバーし合える職場づくりが求められています。
そこで重要になってくるのが心理的安全性です。誰もが安心して働ける環境、失敗を恐れずにチャレンジできる環境、そして何より「この会社で働き続けたい」と思える環境をつくることです。
そのためには、経営者から現場の管理職まで、全員が「人」を大切にする意識を持つ必要があります。一人ひとりの社員を、かけがえのない経営資源として大切にする。この考え方が、これからの時代を生き抜くための鍵となるでしょう。
ー 経営者の方が明日から取り組むべきことはなんですか。
藤田:私がよく経営者の方に申し上げるのは、「離職防止は人事部だけの仕事ではない」ということです。人事部に任せきりにせず、経営者自らが現場に足を運び、管理職と対話を重ねることが大切です。また、離職率が低い部門の管理職は、しっかり評価すべきです。
そのほか、カスタマーハラスメントなどが起きている場合は、お客様から従業員を守る姿勢を示す。そうした対応が従業員のロイヤリティを高め、企業の持続的な成長につながっていきます。
企業にとって「人材」は、もはや「人財」と呼ぶべき存在です。一人ひとりがかけがえのない存在であり、その人材を失うことは、企業の将来に大きな影響を与えかねません。今一度、自社の「人を大切にする」とは具体的にどういうことなのか、経営者と管理職が一緒になって考え、実践していく。そんな時期に来ているのではないでしょうか。
藤田さんが提唱する「離職防止策」とはつまり、社員が「ここで働きたい」と能動的に思えるような環境づくりなのだなと感じる取材となりました。単なる離職防止策を超えて、より強固で生産的な組織づくりこそ、人手不足時代を乗り越え、持続可能な成長を実現するための鍵となります。
「去る者追わず」の姿勢は、すでに時代遅れ。そして重要なのは、一人一人の声に耳を傾け、対話を重ねていく地道な取り組みです。それは特別な施策や多大な投資を必要とするものではなく、日々の小さなコミュニケーションの積み重ねから始まります。社員に愛される組織づくりは、もはや理想論ではなく、企業存続のための必須要件となっているのです。
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【藤田耕司さんの書籍紹介】
『離職防止の教科書: いま部下が辞めたらヤバいかも…と一度でも思ったら読む 人手不足対策の決定版』
離職するときの心理状態から、離職者を9種類のタイプ別に分け、具体的な対策を実例付きで解説! 心理的な側面から、効果のある離職防止策ができるようになる書籍です。 人手不足で悩んでいたら。ぜひ手に取ってみてください。
プロフィール
藤田 耕司 氏
経営心理士、公認会計士、税理士
一般社団法人日本経営心理士協会 代表理事
1978年生まれ。2002年早稲田大学商学部卒業。04年公認会計士試験に合格、同年有限責任監査法人トーマツに入所。15年一般社団法人日本経営心理士協会設立、代表理事就任。
心理と数字の両面から経営コンサルティングを行い、高い成果を残す経営者やビジネスマンの共通点を心理学的に分析。その内容をもとに人間心理に基づいた経営手法を経営心理学として体系化し、のべ1200件超の経営改善を行う。
その経営手法を学ぶ「経営心理士」の資格を創設し、経営心理士講座を開催。のべ1万人超が受講し、その成果の高さが認められ、講座の内容は省庁や大手企業でも導入。『日本経済新聞』はじめ各種メディアでも紹介される。
著書に『リーダーのための経営心理学』(日本経済新聞出版)、『離職防止の教科書: いま部下が辞めたらヤバいかも…と一度でも思ったら読む 人手不足対策の決定版』(東洋経済新報社)などがある。