派遣制度の歴史は浅く、1986年に最初の労働者派遣法が施行されてから現在までの約35年ほどです。それまでは「労働者を供給する」という考えが道徳に反するのではないか、といった観点から禁止されていました。
しかし最近では、派遣社員という雇用形態が一般的な働き方として広く定着しており、それに伴い労働者の権利を守ろうとする動きが強まっています。
2015年の労働者派遣法改正では、人材派遣会社に「派遣元責任者」や「製造専門派遣元責任者」を置くことが義務付けられました。あまり聞きなれない言葉かもしれませんが、派遣元責任者や製造専門派遣元責任者は、人材派遣会社にとっては欠かせない存在です。
この記事では、派遣元責任者と製造専門派遣元責任者を設置する目的や仕事内容、そして派遣元責任者や製造専門派遣元責任者になるために受講しなければならない「派遣元責任者講習」について、詳しく解説します。
現在人材派遣会社にお勤めの方や、経営者の方はもちろん、これから派遣元責任者や製造専門派遣元責任者を目指している方も、ぜひ参考にして下さい。
派遣元責任者とは
派遣元責任者とは、派遣労働者の適切な雇用管理や保護を担う人材のことを言います。
人材派遣会社には、現在派遣労働者100人に対して1人以上の割合で派遣元責任者を置くことが義務付けられています。
派遣元責任者を設置する目的
この派遣元責任者を置く目的は、派遣労働者と派遣先の企業との間で起きたトラブルや苦情などに対して迅速な処理や解決を図ることにあります。
派遣元責任者になるための要件
派遣元責任者に選任されるには、以下の要件に当てはまる必要があります。
派遣元責任者の主な選任要件
- 一定期間以上の雇用管理等の経験があること※1
- 派遣元責任者講習を受講してから3年以上経過していないこと
- 未成年者でないもので、労働者派遣法に定められた欠格要件※2に該当しないこと
- 定住する住所がある者
- 適正な雇用管理が行える健康状態にあること
- 外国人の場合は在留資格を有していること
※1 雇用管理等の経験を認められるのは成年に達してから以降の以下のような経験となります。
- 人事や労務担当者の他、事業主や役員、工場長、支店長、もしくは労働者派遣事業の派遣労働者や登録者の労務担当者としての経験が3年以上あること
- 職業安定行政または労働基準行政で3年以上の経験があること
- 民営職業紹介事業の従事者として3年以上の経験があること
- 労働者供給事業の従事者として3年以上の経験があること
※2 労働者派遣法に定められた欠格要件は以下のような内容です。
- 禁固刑又は労働基準法違反などによる懲役や罰金の刑に処され、その執行を受ける事ができなくなってから5年を経過していない者
- 成年被後見人、被保佐人、破産者で復権を得ていない者
- 労働者派遣事業の許可を取り消されてから5年を経過していない者
- 未成年者
- 外国人であり、労働者派遣法で定める一定の在留資格のない者
また以上に加えて、派遣元責任者の選任は、人材派遣会社の役員や従業員の中から選任することが義務付けられています。そのため、他社の派遣元責任者を雇用したり兼任したりすることはできません。
派遣元責任者の仕事内容
では次に、派遣元責任者が行う仕事の内容について解説します。
基本的にこれらは労働派遣法に基づいています。
派遣労働者であることを明示する
派遣労働者として雇入れることを、雇用契約書などで明示することが義務付けられています。紹介予定派遣(一定の期間後に派遣先の企業に直接雇用されることを前提とした派遣従業員のこと)の場合は、紹介予定派遣であることを明示します。
就業条件などの明示する
派遣労働者に対し、就業条件と派遣受入期間の制限に抵触する最初の日を通知します。
派遣先へ通知
派遣先企業に対し、派遣労働者に関する氏名や性別、年齢などの必要な情報を通知します。
派遣先および派遣労働者に対する派遣停止の通知
派遣受入期間の制限に抵触する場合、1ヶ月前から前日までの間に派遣先企業と派遣労働者に対して、労働者派遣を行わないことを通知します。
派遣元管理台帳の作成、記録、保存
派遣労働者の氏名、派遣先の名称、派遣期間、就業時間など、法令で定められた事項を記録するための派遣元管理台帳を作成します。
なお、派遣元管理台帳については、派遣を終了した日から3年間の保管が義務付けられています。
派遣元管理台帳に決まったフォーマット特になく、項目が揃ってさえいれば問題はありません。パソコン上のファイルや電子記録でも認められます。
派遣労働者に対する必要な助言や指導実施
派遣労働者に助言や指導を行う内容には、以下のような事柄があります。
- 労働者派遣事業制度や労働者派遣契約の趣旨や内容
- 派遣会社や派遣先企業が講じるべき措置
また、労働者派遣法改正があった際には、改正点について説明会や文書によって周知を行う必要があります。
尚、2021年1月の派遣法改正では「キャリアアップ教育訓練とキャリアコンサルティングを行うことを説明する義務」が追加されました。
派遣労働者からの苦情の処理
派遣労働者から労働環境や労働条件などの苦情を受けた場合には、派遣先企業に対して、通知や改善の提案を行うなどの適切な処理を行う必要があります。
派遣先との連絡・調整
派遣就業に関して問題が生じた際には、派遣先企業との調整を行います。
派遣労働者の個人情報の管理
派遣労働者の個人情報が正確で最新のものとなるように管理を行い、不要な個人情報は破棄します。
また、派遣労働者の個人情報への不正アクセスが行われないように管理する必要があります。
派遣労働者についての教育訓練の実施及び職業生活設計に関する相談の機会の確保に関すること
派遣労働者のキャリアアップにつながる教育訓練を年間8時間、入職から3年間実施する義務があります。
安全衛生に関すること
派遣労働者の安全衛生が確保されるように、連絡や調整を行います。
安全衛生教育の実施や、健康診断、また労災事故などが発生した際には、対応状況の確認を行うなどの内容が含まれます。
製造専門派遣元責任者とは
製造専門派遣元責任者とは、労働者を派遣する事業者が、製造業務に派遣労働者を派遣する際に選任が義務付けられている専門の派遣元責任者のことを言います。
製造専門派遣元責任者と派遣元責任者の違い
ここまで解説してきたように、派遣労働者の雇用管理や保護を目的として、労働者派遣事業者は派遣元責任者を置かなければなりません。これは労働者派遣法で義務付けられています。
この派遣元責任者に対して、製造専門派遣元責任者とは、製造業務における危険な機械操作や、有害物質を取り扱う業務に際し、派遣元責任者とは別の製造業務専門の責任者として専任が義務付けられている役職になります。
製造専門派遣元責任者は派遣元責任者と兼任できる条件がある
製造専門派遣元責任者は、製造業務に従事する派遣労働者100人に対して1人以上選任することが義務付けられています。これは派遣元責任者と同じです。
製造業務に派遣する労働者が100人を超えて200人以下の場合には、製造専門派遣元責任者は2人以上必要となり、それ以降も100人を超えるごとに1人以上の追加要員が必要となります。ただし製造業務専門派遣元責任者の場合、そのうちの1人は、派遣元責任者と兼任することが可能です。
これは、製造業務専門派遣元責任者になるための講習が派遣元責任者と同じであるためです。また厚生労働省において、製造業務専門派遣元責任者の選任に当たり、派遣元責任者との具体的な違いなども記されていません。
製造業における製造専門派遣元責任者と派遣元責任者の人数例
パターン1
製造業務が60人とその他の業務が35人の工場の場合
- 製造業務60人に対して製造専門派遣元責任者が1人
- その他の業務35人に対し派遣元責任者が1人
以上の合計2人となりますが、製造専門派遣元責任者が兼任可能なために1人の選任でも認められます。
パターン2
製造業務が320人とその他の業務が150人の工場の場合
- 製造業務320人に対し製造専門派遣元責任者が4人
- その他の業務150人に対し派遣元責任者が2人
以上合計6人となりますが、製造専門派遣元責任者が兼任可能なために5人の選任でも認められます。
これらの適用については、労働者派遣法にもとづいて適切に管理・運用されるように、派遣先の企業と労働者の派遣元となる事業者の間で常に確認することが大切です。
派遣元責任者講習とは
上記では派遣元責任者と製造専門派遣元責任者について解説してきました。
次に紹介する派遣元責任者講習とは、この両者になるための資格を取るために受けることが義務付けられている講習のことです。
先に記したように、派遣元責任者や製造専門派遣元責任者になるためには、派遣元責任者講習を3年以内に受講していることが選任の必須要件となっています。
派遣元責任者講習は1日の受講で終わります。講習を実施する機関は複数ありますが、講習内容については厚生労働省が定めている内容であるために、どの主催団体の講習を受講しても基本的に変わりはないのが特徴です。そのため、ご自分の都合の良い場所や日程で選んでも問題ありません。
派遣元責任者講習の目的
派遣元責任者講習の目的は、派遣元の事業所の雇用管理や事業運営の適正化に役立てることにあります。そこで、派遣元責任者講習では、労働者派遣法についての内容や派遣元責任者の仕事、事務手続きの内容などの講習が行われています。
受講の対象者
受講の対象者は、派遣元責任者や派遣元責任者に選任される予定の方。同じく製造専門派遣元責任者や製造専門派遣元責任者に選任される予定の方となります。
ただし、労働者派遣事業の知識を習得したい方も受講することができます。
派遣元責任者講習の概要
派遣元責任者講習は、基本的に1日の受講で終了します。
またテストなどもないために、受講するだけで取得できます。受講すると「受講証明書」が発行されます。
講習に関しては、労働者派遣法などの労働に関する法律の専門家が講師を務め、朝から夕方にかけて約6時間の講義を実施します。
講義の内容
講義の内容については、以下の法律を中心に行われます。
- 労働者派遣法
- 労働基準法等の適用(特例)
- 派遣元責任者の職務遂行上の留意点
- 個人情報の保護の取扱いに係る労働者派遣法の遵守と公正な採用選考の推進等
- 労働者派遣法や労働基準法の適用に関すること、また、個人情報と労働者派遣法の取り扱いなど
大きな法改正があった場合には、その都度必要な項目の説明が追加されます。
この受講によって発行される「受講証明書」は、労働者派遣事業の許可申請の際や更新手続き、派遣元責任者の就任の際に必要となる大切な書類ですので、しっかりと保管してください。
派遣元責任者講習の申し込み
派遣元責任者講習は、厚生労働省が委託した講習機関が全国で実施し、完全予約制となっています。
実施場所については、全国各地にあるどの主要都市での受講も可能で、自分の都合に合わせて選ぶことができます。ただ、会場によっては人数に制限があるため、早めの予約をおすすめします。
具体的な開催場所と日時については「厚生労働省のHP」を参考にしてください。ホームページに掲載されている実施機関や講習日程の一覧で確認することができます。
派遣元責任者講習の費用
派遣元責任者講習の申し込みは、受講したい講習を実施する機関に直接予約します。
受講料は実施する機関によって若干異なっており、だいたい6,000円~10,000円未満となっています。
オンラインでの派遣元責任者講習がスタート
2021年からは、コロナ禍の影響もあり、オンラインでの派遣元責任者講習がスタートしました。こちらも「厚生労働省のHP」から確認できるので、ぜひご活用ください。
まとめ
いかがでしたか?このように労働者派遣法では、労働者の権利と安全を守るために、様々な規定が設けられています。派遣元責任者や製造専門派遣元責任者の選任は、このような法律を遵守するための重要な施策です。
派遣元責任者はもとより、危険な機械を取り扱うことの多い製造業務では、製造専門派遣元責任者の選任も義務付けられています。
製造業務に派遣労働者を派遣する際には、労働者派遣法に沿った適切な運用を行っている派遣会社を見極めながら相談するようにしましょう。
様々な業種で人手不足が問題化している現代では、日本人はもとより、外国人の派遣労働者も増えつつあるのが現状です。安全で安心できる労働環境を提供するためにも、派遣元責任者や製造専門派遣元責任者の役割はより大きくなると考えられます。