人材紹介会社3万社時代。市場規模が1兆円に迫る一方で、プラットフォームの利用ルール変更や集客コストの高騰により、利益の圧迫に苦しむ経営者も少なくありません。さらに登録者の多くが具体的に転職を希望する顕在層から、情報収集をしたい潜在層にシフトしている中、転職エージェント側には業務プロセスの変革やナーチャリングの構築が急務となっています。
今回は、大手人材総合サービス企業「マイナビ」で17年間にわたりヘルスケア部門で営業責任者、バックヤード全般の責任者を歴任し、2026年6月に独立を果たした酒井 貴文(さかい たかふみ)氏にお話を伺いました。
激変する人材紹介業界のリアルな現状と、ブティック型(特定領域特化型)エージェントが取り組むべき「3つの生存戦略」、そしてシステムやマーケティングの観点から見たこれからの組織づくりの最適解について、深くお話を伺いました。
17年のキャリアで痛感した「主体性」の重要性と、マネジメントの壁
――まずは酒井様のこれまでの歩みと、独立後にスタートされた事業内容についてお聞かせください。
酒井貴文氏(以下、酒井氏): 2009年に新卒でマイナビに入社し、そこから約17年間、一貫して人材紹介事業に従事してきました。現在は2つの事業を軸に会社を経営しています。1つは主に医療福祉機関(病院や介護施設、訪問看護ステーションなど)を対象とした採用支援事業、もう1つが、スタートアップや特定領域に特化したブティック型の人材紹介会社を対象とした経営支援事業です。
――新卒で入社された当時はリーマンショック直後で、業界全体が非常に厳しい時期だったかと思います。若手時代はどのような経験をされたのでしょうか。
酒井氏: 社会人1年目は本当に苦労しました。市場のムードが冷え切っていたこともあり、完全に萎縮してしまって……。当時は「上司や先輩に怒られないために働く」という、弱気なマインドセットに陥っていました。自分が就職活動時に求めていた「裁量権を持って主体的に働く」ということとは真逆の社会人スタートでした。
大きな転機となったのは3年目から4年目にかけてです。埼玉県の大宮支店で、人材紹介部門の立ち上げを任されました。上司もいない環境で、自分で顧客を開拓し、既存の求人広告などの媒体と連携を図りながら組織の土台を作る。まさに「自分で考えて行動しなければ生き残れない環境」に身を置いたことで、ビジネスパーソンとしての思考力が一気に養われました。
――その後、最年少で管理職に昇進され、ヘルスケア部門を大きく拡大されましたね。急成長組織を率いる中での葛藤はありましたか?
酒井氏: 組織の拡大期に課長職としてのマネジメントを経験したのですが、ここでも大きな失敗を経験しています。当時の私は、ただ自分の営業成績が良いという理由だけでプロモートされたため、人に教える技術も、チームビルディングの体系的な知識も持っていませんでした。
「自分が成果を出すこと」と「人に成果を出させること」は全くの別物です。マネージャーとしての明確な軸を持てないまま人だけがどんどん増えていく環境だったため、十分な教育体制を整えられず、結果としてメンバーの離職や伸び悩みを引き起こしてしまいました。この時の「仕組み化や教育の体系化がいかに重要か」という痛烈な反省が、現在の経営支援事業の原点になっています。
その後、30代では各サービスサイトの責任者や複数サイトの統括、さらには人材紹介事業のバックヤード全般(システム・管理部門)の責任者まで幅広く経験させていただきました。40歳という節目を前に、「自分の責任で、裁量を持って事業を動かしたい」という想いが強くなり、2026年の春に独立を決意しました。

2026年6月に独立、株式会社HHSを創業した酒井貴文氏
「人材紹介は儲かるから始める」時代ではなくなった
――現在、多くの人材紹介会社が市場に参入していますが、酒井様は今の業界全体の状況をどう捉えていますか?
酒井氏: 一言で言えば、人材紹介会社増加による二極化が進んでいます。新しく人材紹介会社を設立したものの、年間で1名も転職の決定を出せないまま形骸化している会社が驚くほど増えています。「人材紹介は利益率が高くて儲かるらしい」という安易な動機だけで生き残れる時代は、もう完全に終わりました。
上場企業の決算データを分析しても、その傾向は顕著です。売上自体は伸びていても、利益が減少している「増収減益」の企業が目立ちます。その最大の要因は、広告宣伝費の高騰による利益率の大幅な低下です。
――スカウトプラットフォームの利用料の値上げや利用制限の強化も、各社の大きな課題になっていますね。
酒井氏: その通りです。ビズリーチやIndeedのような大手プラットフォームでは、利用料高騰に加え、これまでのような使い方が難しくなる制限も強まっています。
結果として今、業界で何が起きているかというと、人材紹介機能を持たないマーケティング会社が自社でSNSや特化型メディアを立ち上げ、そこで集客した求職者を人材紹介会社に送客する「面談課金型(1面談あたり2~4万円)」のビジネスが急速にシェアを拡大しています。自社での集客難易度が高い中小エージェントだけでなく、実は大手エージェントもこの外部送客サービスに依存し始めており、集客構造が大きく変わってきています。
転職潜在層の増加で問われる、CRM/MA投資の重要性
――求職者(候補者)側の動きやマインドにも変化は見られますか?
酒井氏: ここが、経営者やシステム担当者、企画者が最も注視すべきポイントです。現在、すべての業界において「登録者の潜在層化」が劇的に進んでいます。
以前は「今すぐ転職したい」と決意した人がエージェントに登録し、具体的な求人紹介を受けるフローが一般的でした。しかし現在、電車のドアステッカーや主要駅のジャック広告など、各社が巨額の予算を投じて転職プロモーションを仕掛けています。その結果、「終身雇用の崩壊」という時代背景も手伝って、「今すぐではないけれど、自分の市場価値を確かめたい」「良いところがあれば話を聞いてみたい」というライトな潜在層の登録比率が爆発的に増えているのです。

――今すぐ転職しない潜在層に対して、従来通りの「ひたすら電話をかけ、応募を急かす」というアプローチをすると、完全に嫌われてしまいますね。
酒井氏: おっしゃる通り、本末転倒です。ユーザーの希望時期やキャリアのフェーズに合わせた、適切なアプローチが求められます。登録時に「いつ頃の転職を考えているか」というアンケートデータを正しく取得し、それに応じたナーチャリング(顧客育成・追客)を仕組み化しなければ、せっかくコストをかけて獲得した求職者は他社へ流出してしまいます。
ここで重要になるのが、MA(マーケティングオートメーション)ツールやCRM(顧客管理システム)への投資と、それらのツールを活用した企画力です。
自動的にステップメールを配信する、市場動向のコンテンツを届ける、定期的にライトな面談を打診する――。こうした「中長期的な関係構築」をマンパワーではなく、システムで自動化・効率化できている会社こそが、数ヶ月後、数年後に潜在層の求職者たちが「いざ転職しよう」となった瞬間に、最初の相談相手として選ばれるのです。
中小・ブティック型人材紹介会社の「3つの生存戦略」
――人材紹介会社の増加と求職者の潜在層の増加という高い壁を前に、中小・ブティック型の転職エージェントが勝つためには、具体的にどのような戦略を取るべきでしょうか。
酒井氏:主に3つの方法で戦略を動かすと良いと考えています。
1.「ターゲット×領域」の掛け算で特化度を尖らせる
多くの企業が「20代特化」や「若手第二新卒特化」を掲げますが、今の市場において「20代」だけでは対象が広すぎてブランディングになりません。これからは「年齢×業界」「年齢×職種」のように、もう一軸掛け合わせて専門性を極限まで尖らせる必要があります。
また、誰もが狙いたがる「若手ホワイトカラー」から少し目線を外すのも有効な戦略です。例えば、今後の市場拡大に対して圧倒的にプレイヤーが不足している「ブルーカラー領域(物流・建築など)」や、転職者が増えているにもかかわらず大手専門エージェントが少ない「40代・50代のミドル・シニアキャリア特化」などは、非常に大きなチャンスが残されている領域だと考えています。
2. 自社メディア・SNSによる「ファン化」からのスタート
広告やプラットフォーム経由の登録者は、転職エージェントに対する愛着がゼロの状態でサービスがスタートします。そのため、他社との並行利用や音信不通が発生しやすい。
一方で、自社のオウンドメディアやSNSを通じて、「私たちはどういうビジョンで、どういうターゲットを支援しているのか」「どんなキャリアアドバイザーが対応するのか」を可視化して集客したユーザーは違います。最初から「この会社にサポートしてほしい」というファン化された状態で登録してくるため、面談設定率も求人応募率も、最終的な成約率も桁違いに高くなります。大変ではありますが、自社集客プロセスの構築は避けて通れません。
3. 求人票を「平面」から「立体」へ変えるヒアリング力
求人開拓(RA)の局面においても、工夫次第で独自性を作れます。給与や休日、勤務地といったスペックだけが書かれた求人票は、ハローワークの掲載情報と同じで、平面的な情報に過ぎません。
私たちが取り組むべきは、企業の「過去・現在・未来」を徹底的にヒアリングし、求人情報を「立体化」することです。
- 過去: 創業者はどのような想いでこの会社を立ち上げたのか
- 現在: 今、現場の社員はどんな課題と向き合い、どんなやりがいを感じているのか
- 未来: 5年後、10年後にどんなビジョンを目指し、なぜ「今」このポジションの採用が必要なのか
ここまで語れるようになれば、他社と同じ求人を扱っていても、求職者への響き方は全く変わります。また、経営者と深い関係を構築することで、表の求人サイトには絶対に出てこない「非公開の経営課題に紐づく採用ニーズ」を直接引き出すことも可能になります。
人材紹介業コミュニティが生み出す新しい価値
――酒井様は現在、SNSや各種メディアを通じた情報発信だけでなく、人材紹介業の経営層やリーダーが集まるコミュニティも運営されています。どのような狙いがあるのでしょうか。
酒井氏: 人材紹介事業は、全国に3万以上もありながら、上場していない中小企業やブティック型エージェントが非常に多い世界です。そして、各社のノウハウやアプローチ手法は驚くほどクローズドにされています。
そのため、多くの経営者が「自社のやり方が本当に正しいのか」「もっと効率的なシステム運用はないのか」と、暗闇の中を模索しながら経営しているのが実態です。私自身、現役時代は他社の上層部に自らアプローチして情報交換の場を作っていましたが、誰もがそれをできるわけではありません。だからこそ、会社の規模を問わず、フラットに意見交換やスキルアップの情報共有ができる場を作りたいと考え、コミュニティを設立しました。
――お互いに競合関係になり得る転職エージェント同士が交わるメリットは、どこにあるのでしょうか。
酒井氏: もちろん競争しながら切磋琢磨する、という前提はありますが、それ以上に協業のメリットが大きいと考えています。例えば、自社の強みからは外れる領域の優秀な求職者や求人があった際、コミュニティ内の得意な会社と連携してシェアし合えば、一社では取りこぼしていたはずの売上を両社で生み出すことができます。
現在、オフラインでのリアルな交流イベントも定期開催していますが、経営者同士が直接顔を合わせることで、驚くほどのスピードで協業やノウハウの共有が進んでいます。
また、最近の顕著な兆候として、広告費高騰リスクを見据えて「人材紹介単体から脱却し、親和性の高い第二の事業柱(採用コンサル、採用代行業務など)を立ち上げたい」というご相談を多く受けます。こうした新規事業のアイデアやシステム選定のリアルな口コミが飛び交う場としても、コミュニティの価値は日々高まっていると感じています。
人材紹介ビジネスの本質的な価値に立ち返る
――最後に、このインタビューを読んでいる人材紹介会社の経営者、役員、システム担当者、企画者の方々へ向けてメッセージをお願いします。
酒井氏: 私が経験してきた2010年代は、まさに人材紹介業の「大成長期」であり、比較的容易に組織を拡大できる時代でした。それに比べると、現在は集客の難易度が上がり、市場のルールも変わり、決して楽な局面ではないかもしれません。SaaSやAIなど新興業界にスポットライトが当たり、人材紹介業に泥臭さを感じる瞬間もあるでしょう。
しかし、私たちの根底にある「人材紹介」というビジネスは、『雇用の創出』を通じて、求職者の人生を豊かにし、企業の成長を促進する、社会貢献性の極めて高い事業です。
市場が厳しくなっている今だからこそ、目先の売上や決定数だけに追われるのではなく、「自分たちが提供している本質的な価値は何なのか」という軸を決してブレさせない経営が求められています。その本質を支えるために、現場の業務を効率化するシステムへ正しく投資し、潜在層をファンに変えていくマーケティングを企画・実行していく。この「本質」と「仕組み」の両輪をしっかりと噛み合わせることができれば、これからの淘汰の時代をも乗り越え、長期にわたって繁栄していく組織を必ず築けるはずです。私自身も皆さんと共に、この素晴らしい業界の未来を切り拓いていきたいと思っています。
――人材ビジネスの本質的な価値に立ち戻ることが大切、ということですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
まとめ:編集後記
酒井氏のインタビューから一貫して伝わってきたのは、「属人性を排した仕組み化」と「本質的な関係構築」の重要性です。 特に求職者の潜在層化が進む現在の市場において、マンパワーに頼った強引な営業スタイルは限界を迎えています。今すぐ転職しない層のデータをどう管理し、MAやCRMといったシステムを活用していかに効率的にナーチャリングしていくか。そして、いかにして求人票を立体化し、自社のファンを増やしていくか。
人材紹介ビジネスの持続的な成長の鍵は、経営戦略と連動したシステム投資・企画の実行に他なりません。本記事が、組織変革に向けた一歩を踏み出す経営者・現場担当の皆様のヒントとなれば幸いです。
プロフィール

酒井 貴文 氏
株式会社HHS
代表取締役
元マイナビ医療・福祉エージェント事業本部 統括本部長。リーマンショックの逆境の中、新卒で人材紹介でキャリアをスタート。大宮支店を一人で立ち上げたことを機に、17年間ヘルスケア人材紹介に従事し、各種領域事業責任者、バックヤード責任者を経て、2026年6月に独立。RPO・人材紹介会社の経営支援の株式会社HHSを設立し、代表取締役に就任。
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