はじめに:なぜ今、「同一労働同一賃金」が改正されるのか?
1-1. 改正の背景と施行から5年の実情
2020年4月に「パートタイム・有期雇用労働法」および改正「労働者派遣法」が施行され、我が国の人事労務に「同一労働同一賃金」の原則が本格的に導入されました。施行から5年が経過し、多くの企業で非正規雇用労働者(パートタイム労働者・有期雇用労働者・派遣労働者)の基本給や手当の見直しが着実に進められてきました。
しかし、厚生労働省の調査や現場の実態を見ると、正規雇用労働者との間には依然として説明のつかない賃金格差や福利厚生の利用制限など、多くの課題が残されています。また、この5年間の間に、賞与や退職手当、各種手当の格差が争われたハマキョウレックス事件や日本郵便(大阪)事件、そして退職金の不合理性が争われたメトロコマース事件などの最高裁判例が相次いで示されました。これにより、どのような待遇差が法的に「不合理」となるか、またどのような格差であれば「合理的」と認められるかについて、司法の明確な判断基準が蓄積されることとなりました。
1-2. 今回の改正の位置づけと施行日
こうした5年間の運用の実態と最高裁判決の動向を踏まえ、労働政策審議会(同一労働同一賃金部会)での議論を経て、いよいよ令和8年(2026年)10月1日より、関連する省令や告示(同一労働同一賃金ガイドライン、雇用管理指針、派遣元・派遣先指針)が改正・施行されることとなりました。改正後の省令・指針は2026年4月28日に公布されています。
今回の改正は、これまでの抽象的だったルールをより具体化し、雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保に向けた取り組みをさらに一歩強化するためのものです。企業は「知らなかった」では済まされない経営リスクを避けるため、改正内容を正確に把握する必要があります。
【改正ポイント①】労働条件明示事項の追加と説明義務の強化
今回の改正において、すべての企業がすぐに対応しなければならない変更点が、労働条件明示事項の追加と説明義務の強化です。
2-1. 雇い入れ時・派遣時の「明示事項」の追加(義務化)
令和8年(2026年)10月1日以降、新たにパートタイム労働者や有期雇用労働者を雇い入れる際、および派遣労働者を雇い入れる際や派遣する都度(派遣時)、労働条件通知書や就業条件明示書などの書面において、以下の内容を明示することが新たに義務化されます。
- パートタイム労働者・有期雇用労働者の場合:待遇の相違の内容・理由等に関する説明を求めることができる旨
- 派遣労働者の場合:待遇の相違の内容・理由等について派遣元事業主に説明を求めることができる旨
【注意点】雇用形態について
自社で直接雇用する「無期フルタイム労働者」にはパートタイム・有期雇用労働法は適用されません。また、派遣労働者については有期・無期を問わず「労働者派遣法」に基づく対応となります。
もしこの明示を怠った場合、パートタイム・有期雇用労働法においては、雇い入れ時の書面明示義務に違反した事業主は10万円以下の過料に処される規定があるため、確実な実務対応が求められます。
【注意点】過料の対象範囲について
ここで注意したいのは、過料の対象はあくまで「明示義務そのものの違反」に限られるという点です。正社員との待遇差が存在すること自体、あるいはその差が合理的に説明できないこと自体には、直接の罰則規定は設けられていません。ただし、待遇差について労働局からの助言・指導・勧告や企業名公表の対象となり得るほか、民事上は損害賠償請求のリスクが生じ得るため、「過料さえ避ければよい」という理解は禁物です。
これに伴い、厚生労働省が公開する「新しいモデル労働条件通知書」のフォーマットも刷新されました。新フォーマットには、当該項目に関する説明文(「次の窓口に対して通常の労働者との間の待遇の相違(内容・理由)等について説明を求めることができる。」)が標準で組み込まれたほか、その説明請求を受け付ける具体的な「相談窓口(部署名、担当者職氏名、連絡先)」の記載欄が追加されています。企業は自社で使用している雛形を、施行日までに必ず改訂しなければなりません。
【注意点】対応のタイミングについて
改正対応の基準となるのは「契約期間の開始日」ではなく、あくまで「書面を労働者に交付(発行)した日付」です。例えば、契約期間が「10月1日〜」の契約書であっても、社内手続きの関係で9月30日までに対象者に交付(発行)する場合は、まだ改正前の古いフォーマット(追加文言なし)のままでも法的な違反にはなりません。確実に新フォーマットでの明示が必要となるのは、「10月1日以降に交付する書面」からとなります。
2-2. 労働者から説明を求められた場合の説明方法の明確化
法改正後は、労働者から「正社員と私の待遇の差とその理由」について説明を求められる機会が格段に増えることが予想されます。今回の改正では、その際の説明方法についても以下のいずれかで行うことが明確に求められます。
- 資料を活用し、口頭により説明する方法
- 説明すべき事項を全て記載した、労働者が容易に理解できる内容の資料を交付する等の方法
ここで重要なのは、口頭での説明を選択する場合であっても、説明に活用した社内規定や比較表などの資料等をあわせて交付することが「望ましい」とされた点です。個人情報保護や営業秘密保持の観点からどうしても資料の持ち帰りが困難な場合であっても、事後に労働者から求めがあった際は、社内で資料を閲覧させるなどの代替措置や工夫を行うよう努める必要があります。
【注意点】抽象的な質問について
労働者からの説明要求は、「〇〇手当の算出根拠を教えてください」といった具体的なものだけとは限りません。「正社員と私で、何か待遇に違いはあるのですか?」といった抽象的な質問であっても、法的には『説明を求められた』とみなされ、会社側には説明義務が生じます。そのため、現場の相談窓口の担当者は、きちんと労使協定の内容や就業規則に記載された正社員との待遇についての違いを理解し、客観的に理由を説明できる専任の担当者を配置・明記しておくことが不可欠です。

2-3. 説明の求めがない場合の望ましい対応
労働者から自発的に説明の求めがない場合への配慮も示されました。労働契約の更新時などに、正社員との間の待遇の相違の内容や理由に関する分かりやすい資料を企業側から自発的に交付したり、説明を求めることができる窓口を改めて周知したりすることが望ましい対応として指針に明記されました。
【改正ポイント②】「同一労働同一賃金ガイドライン」の拡充・明確化
今回の改正の核心であり、企業の賃金・評価制度そのものにメスを入れる必要があるのが、「同一労働同一賃金ガイドライン(告示)」の大幅な拡充と明確化です。蓄積された最高裁判決を踏まえ、グレーゾーンだった待遇差の基準が非常にシビアに再定義されました。
3-1. 各種手当・休暇の基準追加(具体的な点検ポイント)
これまで曖昧だった各種手当や休暇について、何が不合理となるかの具体的な考え方と点検ポイントが追加されました。
手当編
| 対象となる待遇 | 改正ガイドラインに基づく基準と点検ポイント |
| 賞与・退職手当 | 賞与には「会社業績等への貢献」「労働意欲の向上」、退職手当には『労務の対価の後払い』『功労報償』など、それぞれ様々な目的が含まれます。正社員と同様にその支給目的が非正規雇用労働者にも妥当するにもかかわらず、全く支給しない、あるいはバランスのとれない内容とすることは、不合理と認められる可能性が高まります。 |
| 無事故手当 | 安全運転や業務上の無事故を奨励する目的の手当です。正社員と業務内容(運転業務等)が同一の非正規雇用労働者がいる場合、雇用形態の違いだけを理由に差をつけることは認められず、同一の無事故手当を支給しなければなりません。 |
| 家族手当 | 契約更新等により継続勤務が見込まれる非正規雇用労働者には、正社員と同一の家族手当を支給する必要があります。 |
実務上のポイント
なお「配偶者手当」については、就業調整(年収の壁)の要因となることから、今回のガイドライン改正においても働き方に中立的な制度となるよう見直しを進めることが推奨されています。こうした背景から実務の現場では、同一支給への対応を機に配偶者手当を廃止し、子ども手当等へ再設計する企業が増加するなど、制度全体のあり方を見直す動きが進んでいます。
住宅手当・休暇・褒賞編
| 対象となる待遇 | 改正ガイドラインに基づく基準と点検ポイント |
| 住宅手当 | 「転居を伴う配置の変更(転勤)の有無」に応じて支給されている場合、正社員と同様に転居を伴う配置変更の可能性がある非正規雇用労働者に対しては、同一の住宅手当を支給しなければなりません。他方、転勤の有無に関わらず「生活補助」として一律支給されている性質の住宅手当である場合は、非正規雇用労働者を一律に対象外とすることは不合理と判断されるリスクが高いため、慎重な支給基準の見直しが必要です。 |
| 休暇・休職 | 福利厚生や健康管理の観点から、非正規雇用労働者にも正社員と同一の「夏季冬季休暇」などの特別休暇を付与しなければなりません。また、療養に専念させる目的の「病気休職・休暇」についても、継続勤務が見込まれる場合は正社員と同一の給与保障等を行う必要があります。 |
| 褒賞 | 永年勤続表彰など、一定の期間勤続した労働者に付与するものは、非正規雇用労働者であっても同一の期間勤続していれば、正社員と同一の褒賞を付与しなければなりません。 |
3-2. いわゆる「正社員人材確保論」の否定
これまで多くの企業が、格差を正当化する理由として「正社員としての職務を遂行しうる人材の確保や定着を図るため、正社員の手当を厚くしている」という、いわゆる“人材確保論”を用いてきました。
しかし、今回の改正では、その目的があることだけをもって「不合理ではない」と当然に認められるものではないことが明記されました。今後は、主観的・抽象的な弁明は通用せず、「なぜその手当が正社員の確保に必要なのか」「非正規雇用労働者に支払わないことがどう合理的なのか」を、客観的・具体的な実態(配置や責任の範囲の違いなど)に基づいて説明するロジックが必要となります。
実務上のポイント
不合理な待遇差を判断する際、行政は「①職務の内容(業務の内容+責任の程度)」「②職務内容・配置の変更範囲(人材活用の仕組みや運用等)」などの基準を用いています。自社の制度を点検する際は、これらの定義に沿って客観的に合理性を説明できるかが鍵となります。
3-3. 待遇引き下げによる格差解消を安易に行わない
格差を解消するために「正社員の手当を廃止・減額して非正規に合わせる」といった、通常の労働者の待遇を安易に引き下げる不利益変更に対する留意事項です 。不合理な待遇差を解消する際は、正社員の労働条件を引き下げるのではなく、「非正規雇用労働者の労働条件を改善(底上げ)することが求められる」という原則が明確化されました 。
これは今回新設された規定というより、既存の法理を改めて明確化したものです 。法的に絶対不可ではありませんが、労働条件の一方的な引き下げには労働契約法に基づく高度な合理性や労使合意が一般に必要とされており、ガイドラインにおいて「通常の労働者の労働条件を不利益に変更することなく、パートタイム・有期雇用労働者の労働条件の改善を図ることが求められる」と不利益変更防止の趣旨が明記されました。
派遣元(労使協定方式)における賃金改定時の留意点
一方、同一労働同一賃金に関連して派遣元企業が陥りやすいのが、「国が示す一般賃金水準が下がったから」という理由で、協定対象派遣労働者の賃金テーブルや基本給を引き下げようとするケースです 。
今回の派遣元指針の改正では、一般賃金水準が前年より下がった場合であっても、基本的には「従前の協定に定める賃金の額を基礎として、公正な待遇の確保について労使で十分に協議することが望ましい」と明記されました 。国が提示する一般賃金の低下は労働者の待遇を一方的に引き下げる合理的な理由にはならず、安易な引き下げは労働条件の不利益変更(労働契約法第9条)に該当し得るため、原則として労使双方の合意と十分な労使協議が必要となる点に注意してください。
3-4. 無期雇用フルタイム労働者への波及
今回の法改正の対象は、有期・パートだけにとどまりません。パート・有期法の適用対象外である「無期雇用フルタイム労働者(職務限定正社員や多様な正社員など)」や、有期から無期へ転換した労働者についても、労働契約法第3条第2項に基づく「均衡考慮の原則」や改正ガイドラインの趣旨を踏まえ、通常の正社員とのバランスを考慮し、適切な処遇を行うべきであるとされました。
特に実務上、注意しなければならないのが、有期契約の通算5年を超えて発生する「無期転換ルール」への対応です。今回のガイドライン改正では、有期から無期に転換した労働者の待遇決定について、無期に転換した後の段階で慌てて対応するのではなく、無期に転換する前の有期の段階から、あらかじめ正社員との間に不合理な待遇差がないか点検し、確実に解消しておくことが強く求められています。無期転換を控えている従業員がいる企業では、この転換前のタイミングが大事なチェックポイントになります。
公正な評価と派遣労働者等の環境改善
社内プロセスの透明性を高めるための評価指針の見直しと、特に人材派遣業界において大きな影響を及ぼす派遣労働者の環境改善について解説します。
4-1. 公正な評価による待遇改善(雇用管理指針・派遣元指針)
非正規雇用労働者だからといって一律の固定給で据え置くのではなく、職務の内容、成果、意欲、能力、経験等を公正に評価し、それを昇給等に反映させることが強く推奨されました。
具体的には、通常の労働者と共通する職務などに応じ、共通の賃金制度や評価項目を設けること、評価結果を本人にしっかりフィードバックすること、さらにはキャリアコンサルティングや教育訓練の機会を提供することが企業の努力義務として盛り込まれました。これにより、労働者が希望する働き方の実現と、待遇改善がもたらすモチベーション向上の好循環を生み出すことが求められています。
4-2. 正社員転換における「意向確認・配慮」の義務化と実績公表(雇用管理指針)
今回の改正雇用管理指針では、非正規雇用労働者のキャリアアップを支援するため、正社員等への転換推進措置(パート有期法第13条)についても実務対応が義務化されました。具体的には、労働契約を更新する際の面談や電子メール等の機会を活用し、パート・有期雇用労働者の正社員転換への意向を確認し、その意向に配慮しなければならないと規定されています。単に「転換制度がある」と周知するだけでなく、個別の契約更新時に企業側から意向をヒアリングする実務プロセスが必須となります。
さらに、自社の正社員転換制度の内容や、実際の転換実績に関する情報について、自社ホームページや公的なウェブサイト等を活用して「定期的にウェブ上で公表すること」が望ましい(努力義務)と新たに明記されました。企業には、非正規雇用のキャリアパスをよりオープンに開示していく姿勢が求められています。
4-3. 過半数代表者の適正な選出と活動への配慮
特に、パートタイム・有期雇用労働法第7条に基づき、パート・有期雇用労働者の就業規則作成・変更等の際に意見を聴くための『短時間・有期雇用労働者の過半数代表者』が対象となります。今回の改正では、この代表者の選出にあたって「管理監督者でないこと」「事業主の意向に基づき選出されたものではないこと(会社による指名等の排除)」といった民主的な選出プロセスの遵守が改めて強調されました。
さらに、選出された当該代表者が意見集約などの意見聴取事務を円滑に遂行できるよう、事業主は事務スペースや事務機器の提供といった必要な活動配慮を行わなければならないことが、改正雇用管理指針に新たに明記されました。(※なお、派遣業界の「労使協定方式」における過半数代表者に対しても同様の活動配慮が求められますが、労働基準法上の一般的な36協定等の過半数代表者に対する活動配慮が一律に義務化されたわけではない点にご留意ください。)また、過半数代表者であることや、その活動を行ったことを理由とした不利益取り扱いの禁止も厳格化されています。
実務上のポイント
また、派遣元事業主が派遣労働者に係る就業規則を作成・変更する際は、あらかじめ派遣労働者の過半数代表者の意見を聴取するように努める必要があり、この代表者についても今回同様の適正選出や活動配慮のルールが適用される点も忘れてはなりません。
形式的な労使協定はリスクに
従来の労使協定方式では、行政対応(労働局の調査など)をクリアするための「書類上の辻褄合わせ」といった形式的な書類作成で乗り切れていた企業も少なくありませんでした。しかし、今回の改正以降は、労働者本人から直接理由を問われる環境に変わります。
形骸化した「名前だけの代表者」による協定締結を行った場合や、協定で定めた客観的な評価・ランク運用(職種や等級の明確な作り込み)に取り組んでいない場合は、「労使協定方式」そのものが無効と判断されるリスクをはらんでいます。協定が無効になれば、派遣先の待遇に合わせる「派遣先均等・均衡方式」が適用され、派遣料金の大幅な見直しや労務コストの急増に直結するため、選出プロセスと評価運用の厳格化は派遣会社にとって死活問題となります。
4-4. 派遣先の配慮義務の強化(派遣先指針)
今回の省令・指針(ガイドライン)の改正は、雇用主である派遣元だけでなく、労働者を受け入れる「派遣先企業」に対しても重い責任を課しています。
①福利厚生施設の利用配慮における「駐車場」の明確化
派遣先および雇用主は、これまでも労働者派遣法第40条第3項により「給食施設、休憩室、更衣室」について派遣労働者に利用の機会を与える義務がありました。これに加えて、派遣先が自ら設置・運営し、その雇用する労働者が通常利用している「物品販売所、病院、診療所、浴場、理髪室、保育所、図書館、講堂、娯楽室、運動場、体育館、保養施設」等の施設について、派遣労働者にも利用の便宜を図るよう配慮する義務(労働者派遣法第40条第4項)は、「派遣先が講ずべき措置に関する指針」(平成11年労働省告示第138号)の制定当初からすでに定められています。
今回の指針改正で、この配慮義務の対象施設に「駐車場」が含まれることが明確化されました。これまで「駐車場」が配慮義務の対象施設として明記されていなかったため解釈が曖昧になりがちでしたが、今回の改正でその適用対象であることが明確にされました。
「駐車場」がクローズアップされた背景
労働政策審議会(労使間の議論)で強く問題視されたのが「駐車場」です。主に地方の事業所などにおいて、派遣先の正社員は敷地内の駐車場を無料で使えるのに、同じように車通勤している派遣労働者だけは敷地内を使わせてもらえず、近隣の月極駐車場を個人で自腹契約させられているといった、業務遂行の前提における不条理な格差が目立っていた背景があります。派遣先企業は、「派遣だから利用不可」と一律に排除する運用を改める必要があります。
なお、給食施設・休憩室・更衣室の3施設が「利用機会を与えなければならない」義務であるのに対し、駐車場を含むその他の施設は「利用の便宜を図るよう配慮しなければならない」という配慮義務にとどまる点は従来と変わりません。義務の強度の違いを混同しないよう、社内周知の際は注意してください。

②派遣料金の交渉配慮(行政指導の対象へ)
派遣元から、派遣労働者の公正な待遇確保(法改正に伴う待遇改善や一般賃金水準の確保など)のために必要な派遣料金の交渉(値上げ改定)の申し入れがあった際、派遣先が一切の協議に応じない場合や、必要な額を下回る料金しか認めない場合は、法の趣旨を踏まえた対応とはいえないことが明確化されました。実務上、これらは行政指導(雇用環境均等局などによる指導)の対象となり得るリスクがあります。
③派遣先から派遣元への「待遇情報の提供」の重要性
特に【派遣先均等・均衡方式】を採用する場合、派遣先は労働者派遣契約の締結・更新時に、派遣元に対して比較対象労働者の待遇情報を提供する義務があり、情報に変更があった場合は遅滞なく通知する義務があります。
実務上のポイント
派遣労働者から待遇差について説明を求められた場合、派遣元は「派遣先から提供された情報」を元に説明を行うことになります。そのため、派遣先からの情報提供プロセスが円滑でないと、法改正への対応自体が頓挫するリスクがあるため注意が必要です。
企業が10月に向けて取り組むべき実務対応(まとめ)
令和8年(2026年)10月1日の施行日に向けて、企業の人事労務担当者が今すぐ着手すべき実務対応を、4つのプロセスに分けたチェックリストとしてまとめました。
5-1. 自社の諸制度・手当の棚卸しと見直し
まずは、自社の賃金規程や福利厚生の運用実態をすべて洗い出す「棚卸し」が必要です。
□基本給、賞与、退職手当の算定基準に、正社員と非正規雇用(パート・有期・派遣)の間で不合理な差がないか。
□各種手当(家族手当、住宅手当、無事故手当、褒賞など)の支給条件をチェックし、非正規雇用を対象外にしていないか。
□福利厚生施設の利用条件(給食施設・休憩室・更衣室に加え、駐車場を含むその他施設の利用便宜)や、休暇制度(夏季冬季休暇、病気休職など)の付与基準に雇用形態による差別がないか。
□契約更新時の面談シートや評価シートに「正社員への転換意向を確認する欄」を設け、ヒアリングを行う体制を整えたか。
□5年ルールによる「無期転換」を控えた有期雇用労働者がいる場合、転換後に不合理な格差が発生しないよう、事前に待遇差の点検・解消を済ませたか。
棚卸しの結果、差が存在する場合、その理由が「職務内容の違い」や「配置変更の範囲の違い」などによって、客観的かつ合理的に説明できるかを改正ガイドラインに照らして厳密に検証してください。もし説明がつかない不合理な格差があれば、10月の施行までに制度改定(非正規雇用の処遇の底上げ)を完了させる必要があります
5-2. 労働条件通知書等のフォーマット改訂
10月1日以降に新たに雇い入れる労働者だけでなく、「有期労働契約を更新する労働者」に対しても、新たな明示事項(説明請求権の存在)を反映した新様式の労働条件通知書を書面等で交付することが法的義務となります(違反時は10万円以下の過料の対象です。ただし過料の対象はあくまで明示義務違反であり、待遇差そのものへの罰則ではない点は前述のとおりです)。
(※なお、これとは別に、契約更新時などに労働者から自発的な説明の求めがない場合であっても、待遇の相違の内容・理由に関する分かりやすい比較資料などを会社側から自発的に交付して周知することは、指針において「望ましい対応(推奨)」とされています。)
□労働条件通知書や就業条件明示書のテンプレートに「待遇の相違等に関する説明を求めることができる旨」の文章を追加したか。
□新規採用だけでなく、「有期契約の更新を迎えるスタッフ」に対しても、10月1日以降に交付(発行)する書類については、漏れなくこの新様式になっているか(社内実務フローの確認)。
□説明請求を受け付ける具体的な「相談窓口(担当部局、担当者名、連絡先)」の記載欄を設け、ただの名前貸しではなくしっかりと法律や自社の基準を説明できる人間を配置したか。
社内の採用担当者や、派遣会社の営業担当者が古いフォーマットを誤って使用しないよう、一斉差し替えの社内周知を徹底してください。
5-3. 待遇差に関する「説明用資料」の整備
労働者から実際に説明を求められた際に、担当者が困惑せずスムーズかつ一貫した対応ができる体制を整えます。
□自社の待遇決定の基準を可視化しているか。
□正社員と非正規雇用労働者の待遇差の内容とその理由をロジカルにまとめた「説明用資料(比較表やFAQマニュアル)」を作成したか。
□正社員と非正規雇用労働者との間に「基本給」の差がある場合、その決定基準(職務、成果、意欲、能力、経験、交代勤務の有無など)を客観的・具体的に説明できる「基本給の理由説明ロジック」を用意したか。
※特に、基本給の中に「交代勤務手当」などの上乗せ部分があらかじめ内包されているようなケースでは、その内訳や理由を労働者に明確に説明できないと、法的な不合理性や説明義務違反が問われる大きなリスクとなります。口頭での説明に留めず、労働者が容易に理解できる書面を用意しておくことが、のちの労使トラブルを防ぐ最大の防御策となります。
5-4. 【派遣元・派遣先向け】労使協定の適正化と料金交渉
派遣ビジネスに関わる企業は、以下の業界特化型の対応が不可欠です。
□派遣元:労使協定方式における過半数代表者の選出が、挙手や投票などの民主的なプロセスで行われているか再確認したか。代表者への事務スペースや事務機器の提供等の活動環境を整備したか。派遣労働者への評価のフィードバック体制を構築したか。
□派遣先:派遣元から求められる適正な派遣料金の交渉(労務コスト上昇に伴う改定要請)に対し、行政指導のリスクを避けるためにも、真摯に応じる社内体制をとっているか。自社の駐車場を含む福利厚生施設を、派遣労働者も差別なく利用できるよう社内ルールを改定したか。
5-5. 終わりに
今回の同一労働同一賃金ルールの改正は、単なる書面のフォーマット変更や、一時的な事務手続きの追加にとどまるものではありません。社内評価制度や賃金体系の根幹、ひいては発注・受注の取引関係にまで影響を及ぼす重要な変革です。
現在、多くの業界で人手不足が深刻化しています。この法改正を「コストや手間の増加」というネガティブなリスクとして捉えるのではなく、非正規雇用労働者の待遇に対する納得感を高め、優秀な人材の定着率向上やモチベーションアップにつなげるための「ポジティブな組織改革の機会」と捉え、早急に準備を進めていきましょう。
本記事は2026年7月時点で公開されている厚生労働省の公表資料等をもとに作成しています。個別の制度対応については、社会保険労務士等の専門家にご確認ください。








